ジョイナス最後の戦い

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グラスリップにおける「夢十夜」「名人伝」「月をあげる人」の意味

 9話で永宮幸は「明日のために」と題し、本文に「夢十夜」とだけ打たれたメールを白崎祐に送る。それは祐に「夢十夜」という本を読んでほしいというメッセージだった。

 幸が祐に読ませた「夢十夜」「名人伝」「月をあげる人」の作品内における意味を考えていきたい。

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  これら3作品は、幸の祐に対するメッセージである。それぞれどういうメッセージなのかを考察する前に、各作品を要約しつつ紹介していきたい。

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 最初に幸が祐に読ませた夢十夜は不思議な10編の夢を描いた漱石の連作集で、おそらく幸が祐に読ませたかったものは「第一夜」だろう。「第一夜」の内容へ簡潔に触れたい。

 死にそうな女が男に「私が死んだら、墓に埋めてください」と頼む。そして「100年待ってください。また逢いに来ます。」と云う。男は言われたとおりに女を埋め、待ち続ける。男が陽の昇降を何度見たか分からなくなった頃に百合の花が咲き、男は100年が経ったことに気付く。

 

 次に祐が幸に薦められたのが中島敦名人伝。弓を極めようとする弓の達人・紀昌のお話である。

 もはや自分の超えるべき存在は自分の師しかいないと考えた紀昌は、師を射ち殺そうする。その企ては失敗し、師匠は弟子である紀昌にとある老師を紹介する。老師は弓矢を用いずに飛ぶ鳥を落とす「不射之射」を紀昌に見せる。老師のもとで「不射之射」を極めた紀昌は弓矢を射ることをやめ、終いには弓矢を見てもその名前や使い道さえも忘れてしまう。

 

 最後に薦められたのは「月をあげる人」。「月をあげる人」は稲垣足穂の短編集「一千一秒物語」の中の一編で、1ページにも満たないような短い話である。どういう内容か説明すると、二人の登場人物が滑車を引いて月を夜空に上げるという話。本当にそれだけ…

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 「夢十夜」と「名人伝」はどちらも「喪失」が描かれる物語である。「夢十夜」では「死」という形で、「名人伝」では「忘却」という形で「喪失」が描かれる。「夢十夜」は「喪失」が訪れた後の後日談で、「名人伝」は「喪失」に至るまでの過程といったところ。

 幸はこれらの物語を祐に薦める際に「明日のために」という言葉を添えた。幸は自分の今後のために何かを失う必要がある。それは透子への執着だ。

 透子への執着心を抑えきれなかった幸は、祐を傷つけるような行為をしてしまう。これは弓を極めようとして師匠を射ようとした紀昌と同じである。紀昌が弓矢のことを忘れたように透子への想いを忘れなければ、きっと彼女は同じことを繰り返すだろう。よって名人伝」は、透子への執着を捨てるという幸のメッセージといえる。

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 透子への想いに踏ん切りをつけるために、幸が選んだ方法が9話における透子と祐への「告白」だった。「I love you」を「月がきれいですね」と訳した夏目漱石の逸話に絡めた「告白」は「祐のおかげ」でできたと幸は言う。ここで注目したいのが、「月をあげる人」である。

 滑車を引いて月をあげた二人のように、幸の「告白」は祐との共同作業で行われたということが「月をあげる人」の持つ意味である。祐がいなければ、幸は「告白」できなかったのだ。それがどういうことなのかを説明していきたい。

 幸が透子に対して抱いていた想いは友情の範囲を逸脱したものである。もし透子に自分の想いをぶつけたら、きっと元の関係には戻れないだろう。それ故に、幸は言いたくても言えないのだ。そこで登場するのが祐である。幸は透子に迂遠な「告白」をする。透子には真意を理解できないが、その場に立ち会った祐が透子の代わりに幸の想いを理解する。幸は透子との関係を壊さずに自分の想いに踏ん切りをつけることができ、また言いたくても言えずに心の奥底に秘めていた感情を誰かに理解してもらうことができた。それは幸にとってはこの上ないことだろうし、こうすることができたのは「祐くんのおかげ」なのだ。

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 こうして透子への想いにケジメをつけられた幸。言い方を変えれば、彼女の中の透子への執着は死んだこととなる。

 夢十夜における女の死は、「名人伝」で紀昌が弓矢を忘れたことと同様に幸の透子への執着からの脱却を意味する。そして、女が百合の花として生まれ変わったように、幸も新しい自分に生まれ変わる。「夢十夜」は幸のそんな決意表明である。

 しかし、女は百合の花として転生するまでに男は100年も待たされなければいけない。「夢十夜」は祐に「待ってほしい」というメッセージともとれるのだ。しかも長い時間、祐は待たなければならないらしい。せっかく踏ん切りがついたのに、どうして幸は祐を待たせなければいけないだろうか。

 9話の「告白」の前に、麒麟館の燕の巣の存在を知っている幸に透子が感心するシーンがある。そんな透子に対して幸は「この街の些細なことを知っていることよりも、この街にずっと住んできたことの方が何倍も素敵」と言う。この発言から読み取れるのは幸の時間を積み重ねることを大切にする価値観だ。人間関係にこれをそっくり当てはめると、幸は相手のことを知ることよりも相手と長い時間を共有することを希求していることが伺える。幸は病弱だから、他の人間と同じように行動することができない。1話で幸だけ神社に来れなかったように、これまでにも幸が不在となる場面が多々あったのだろう。彼女が透子たちと積み重ねた時間はきっと少ない。それが時間を積み重ねたいという幸の価値観のバックグラウンドになり、「100年待ってください」という祐への要求に繋がっていると推察できる。 

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 余談になるが、「名人伝」や「夢十夜」における「執着を捨てる」「生まれ変わる」というキーワードは、井美雪哉に褒められた服を深水陽菜に託した高山やなぎにも通じる。彼女もまた、雪哉に対する執着を捨て、新しい自分に生まれ変わろうとしたわけだ。アプローチの仕方は違っても、各キャラが本質的に同じことをしている。そんな相似性がグラスリップの特徴といえるだろう。