ジョイナス最後の戦い

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永宮幸というキャラクターについて③

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↑のつづき。

 

永宮幸は「明日のために」と題し「夢十夜」「名人伝」「月をあげる人」の三作品を白崎祐に薦める。

 祐は「追放と王国」を幸に薦めてもらったが、「追放と王国」を通じて彼女の胸に秘めた想いに触れることができなかった。祐は幸のように周囲に対して疎外感を抱いているわけではない。孤独とは縁の薄い人間だから、幸のように「追放と王国」を読むことができないのだ。

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 そんな祐も「お人形さん」のように思っていた幸の生々しい嫉妬心や、いつも明るい姉の涙に直面することで、彼の眼に今まで見えていなかった「他者」の感情に気付いた。また一人で登山をしたことで、孤独を彼なりに体験する。祐が幸という「他者」を理解するうえでの下地が7、8話の間に整ったといえる。

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 そこに幸が添えた「明日のために」という言葉。これから彼らがとる行動は「明日のために」必要なことだということが、二人の共通認識となる。傍目には親密さを深めていたようで気持ちがズレていた幸と祐だったが、ここで初めて一つの想いを共有することとなる。同じ気持ちを抱いてる今なら、二人は同じように物事を見ることができるのではないか?

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 「夢十夜」「名人伝」「月をあげる人」に関しては上の記事で考察した。肝心なのは祐がこの三作品に含まれた幸のメッセージを理解できたかどうかである。

 9話で幸は麒麟館で深水透子に告白する。女が死んで生まれ変わる「夢十夜」、弓を極めるために弓の存在を忘れる「名人伝」は、この告白が幸が透子に対する執着を捨て「明日のために」進みだすための「儀式」だということを物語っている。「月をあげる人」は「祐がいたから告白できた」という幸の気持ちが反映されている。

 麒麟館に自分(と透子)を呼んだ理由を「説明してもらえる?」と幸に聞いた祐。幸の告白を受け麒麟館を後にする祐の表情は明るい。どこまで幸の真意を理解できたかはぶっちゃけ定かではないが、自分が麒麟館に呼ばれた意味や幸の言動に対して祐は納得したといえる。

 「名人伝」に対して、祐は「なんか自分がとっても小さくなったような、大きくなったような」という感想を幸に伝えている。物語を通じて己の小ささを自覚し、そのことで自分が大きくなれたということだろうか。祐の「追放と王国」を呼んだ感想が「バスの中の蠅がさ…」だったと思えば、大きく変わったといえる。

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 10話では幸との一件を経た祐の変化が描かれた。幸の住所を聴くためにカゼミチに沖倉駆が訪れる。「タダでは教えられない」祐は逆に駆に質問する。「お前透子さんのこと好きなのか?」と。しかし俯き黙り込む駆に対し、駆は幸の住所を言ってしまう。「(自分は)君の聞きたいことに答えていない」と驚く駆に「なんか上手く言えないけど…俺に答えなくいいよ」と祐は答える。 

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 祐は幸が心の底に溜め込んだ感情を、「駆と透子のデートを妨害する」という最悪な形で噴出させる姿を見てしまった。言いたくても言えずに胸の中にしまいこんでいた気持ちを表に出してしまうと、幸のように他人や自分自身を傷つけてしまうことになりうる。

 透子に対する駆の想いはまだ駆にとって「言いたくても言えない」ものだと祐は感じ取ったのだろう。それ故に、祐は駆に無理に答えさせなかった。言葉にしたら取り返しがつかなくなるわけだから。

 このエピソードは「他者」の心の奥底に無関心だった祐が、幸との一件を通じて思慮深くなったことを端的に表しているといえる。

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 11話で幸は祐と登山する。これまで祐が幸の趣味に付き合わされていたが、今度は幸が祐の趣味に付き合うこととなる。

 今回は車ではなく、自分の足で山頂まで登る幸。これで3話のときのような疎外感を味わうことなく、山を登る苦しみや山頂にたどり着いた達成感を祐と共有できる。すべては上手く収まったように見えた。

 下山中に幸は唐突に祐の前から姿を消す。そして木影から祐に「近くにいるのに相手が見えないって、なんか不思議じゃない?」と語りかける。「幸ちゃんから、俺は見えてる?」と聞く祐。幸は「まだ、よく見えない」と答える。そして視聴者は雪の幻想に直面する。

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 雪は12話を見れば分かるように「孤独」の象徴としてこの作品では描かれている。幸は祐に理解してもらえたが、それでも不安を拭い去ることができない。なぜだろうか。

 麒麟館の燕の巣の存在を知っていた幸に感心する透子に、幸は「この街の些細なことを知っていることよりも、この街にずっと住んできたことの方が何倍も素敵」と言う。彼女にとっては「知る」ことよりも「時間を積み重ねること」の方が大事なのだ。

 "グラスリップにおける「夢十夜」「名人伝」「月をあげる人」の意味"で書いたことと重複してしまうが、幸には「誰かと時間を積み重ねる」ということに執着がある。1話で幸だけが一人で花火を見たように、病気のせいで幸は誰かと時間を共有できる機会が限られている。それ故に幸は相手と長い時間を共有することを希求していると言える。

 祐は幸の理解者となってくれたが、「時間を積み重ねたい」という彼女の願いはまだ満たされていない。幸と祐はまだ充分な「時間」を共有できていないのだ。過ごした「時間」が足りないから、幸にはまだ祐のことが理解できない。

 「俺が見えてる?」という祐の問いに「まだ見えない」と答える幸。「まだ見えない」という言葉は「いつかは見える(かもしれない)」の裏返しである。時間に対する幸の意識がここでも伺える。

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 永宮幸というキャラクターを時系列に沿いながら解説してみた。

 彼女が自分にとって一番お気に入りのキャラだということを記事を書きながら再確認した。メガネ文学少女という時点でそもそも自分好みではある。ただそんな記号よりも、自分の気持ちを理解してもらいたくて本を貸すという彼女の行動が涙ぐましいし、胸を打つ。種田梨沙さんの可愛らしくも淡々とした声も、幸の自身を抑圧してる感じが出てていい。というか種田梨沙さんの声がついているだけで素晴らしい(種ちゃんファン並の感想)。

 グラスリップは言われているほど難解な作品だと自分は思わないが、「どういう作品なのか?」と聞かれると答えずらい。このアニメはアラベスクのように様々な要素が絡まり合っていって、どういう着地点にもっていけばいいか迷ってしまう(単に自分が説明下手なだけかもしれない)。

 包括的にグラスリップという作品を論じてみたいという欲求を常日頃から自分は抱いてはいる。その為にまず、いろいろ事象を整理する必要がある。それらを小出しにおろしていって、上手くつなげていくことで包括的なグラスリップ論というものを見出したい。そんな野望が自分(Chimpo_Joinus)にはある。

 今回は整理する対象が幸だったということだが、時系列にこだわりすぎて上手く着地できなかった感じはある。また書きなおすかもしれないが、その時まではこの記事はとっておきたい。