ジョイナス最後の戦い

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リンネ・ベルリネッタの解放

 リンネ・ベルリネッタというキャラクターを見ていると、あるキャラクターのことを思い出さずにはいられない。『ViVid Strike!』の西村純二監督が手がけた『true tears』のヒロイン石動乃絵のことだ。

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 リンネと乃絵の立ち位置は似ている。リンネは養祖父を、乃絵は祖母を過去に失っている。大切な人との死別がきっかけでリンネは強さを求めるようになり(ドブみたいに濁った目になり)、乃絵は涙を流せなくなった。強さを求めるリンネだが、フーカ・レヴェントンは、リンネは目先の目標にすがって、辛い過去や自分や周囲のことから目を背けているだけだという。乃絵は気高く"飛べる"存在を求めている。しかし"飛ぶ"には辛いことからの逃避という意味も込められていた。リンネの瞳は濁り、乃絵の瞳から涙は流れなくなった。そんな状態からの恢復を描いたという点で、『ViVid Strike!』は『true tears』と似たような筋書のアニメだったと言えるだろう。

 

 またリンネ・ベルリネッタは自己を抑圧しているという点で、『true tears』のもう一人のヒロイン湯浅比呂美とも通じる。

 

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 眞一郎と比呂美は相思相愛なのだが、比呂美は眞一郎と自分が異母兄妹だと思い込んでいる。それ故に比呂美は自分の感情を抑圧せざるをえない。血の繋がった兄とは結ばれてはいけないのだ。

 リンネは格闘技に打ち込むにつれて、その楽しさに目覚めていた。しかし彼女は深い自己嫌悪感に苛まれている。養祖父との約束を果たせなかった弱い自分を許せないのだ。リンネ・ベルリネッタは極めて自罰的な存在で、強さを求める理由の根底には自分に対する怒りがある。リンネにとって格闘技とは自罰的な行為の延長にあるもので、楽しむべきものではない。それ故に彼女は格闘技を楽しむ自分を抑圧している。

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 『true tears』でも乃絵と比呂美のキャットファイトが描かれたが、『ViVid Strike!』で繰り広げられるバトルは、乃絵と比呂美の競り合いとは次元が違う。それは歯も肋骨も平気で折れてしまうような暴力の世界だ。壮絶さと過酷さの中で、ヒロイン・リンネ・ベルリネッタの歩んだ道のりが作中で問われていく。

 リンネが格闘技を始めたのは、弱い自分への嫌悪感がきっかけだった。強さを手に入れたと感じられた瞬間、それがリンネのゴールだ。しかしながら格闘家としてのリンネは持って生まれた身体能力に恵まれた強者である。強者だからこそ彼女はいじめっ子たちに報復できた。リンネは既に敵を屠る力を持っていたのだ。

 生得的な並外れたパワーとタフネスをいかした戦法でリンネは有力選手となっていく。彼女のスタイルは持ち味を生かした合理的な選択といえる。ただし彼女の身体能力は天からのギフトであり、彼女が自力で獲得したものではない。つまりリンネのスタイルは、先天的な強さに縋っているものといえる。いじめっ子たちに報復した時に使った生得的な力を、リングの上でも奮っているに過ぎない。元から手にしていた力を使うだけだから、いくら相手を倒しても「強くなれた」という実感に欠ける。それ故に、リンネはアインハルト・ストラトスのような強者を打ち負かすことに執着せざるをえない。それが彼女にとって唯一自分が強くなったことを実感できる方法なのだ。

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 フーカより先にリンネを下すのが高町ヴィヴィオである。私は『ViVid Strike!』しか見ていないので、本作品以前のヴィヴィオというキャラについては言及できない。ただヴィヴィオはリンネとは違い、身体能力に恵まれていない格闘家として作中で触れられるというのは明白である。フィジカルに欠けるヴィヴィオは、テクニックで相手と勝負をせざるをえない。ヴィヴィオはリンネのパワーに追い詰められるが、練習で身につけたサウスポースタイルで逆転する。リンネとヴィヴィオの差は、強くなりたいと願った末に手に入れた引き出しの数の差だ。先天的な"強さ"に甘えるリンネが、後天的に"強さ"を獲得したヴィヴィオに屈したのだ。

 

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 フーカ戦では、リンネはナカジマジムの先輩たちの技を駆使するフーカに追い詰められていく。ここで人の輪の中に生きるフーカと他者を拒絶するリンネの対比が強調される。リンネにはフーカと違って技を教えてくれるような仲間がいない。リンネが惨めに思えずにはいられないシーンである。

 

 ここまでの展開は、リンネにとって残酷な事実を突きつけている。彼女は孤独であり、強くなりたいと願ったのに、アインハルトを倒すどころかヴィヴィオに二度も負け、フーカにすら追い詰められている。そんな彼女に自分の「強さ」を実感できる日が来るだろうか?

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 フーカの猛攻に、リンネの意識は途絶えかかる。意識が飛びかける最中、リンネは彼女のコーチであるジル・ストーラとの特訓の日々を思い出す。ジルはリンネを苦しい局面でも強い一撃を打ち返せるように鍛え上げた。極限状態のリンネは、フーカに会心のアッパーを放つ。

 ジルは体格に恵まれず、故障に泣かされ現役を引退した。そんな彼女にとって恵まれたフィジカルを持つリンネは、自分の叶えられなかった夢を実現させてくれる存在だった。リンネの才能に溺れ、彼女の心に向き合わなかった自分はコーチ失格だとジルは自戒する。

 リンネもジルも間違っていたのかもない。しかしリンネのアッパーは、そんなリンネとジルの歩みが、たとえ間違った道だったとしても無駄ではなかったということを証明するものである。

 リンネは孤独ではなかった。養祖父を失い、他者に心を閉ざすようになっても彼女の側にはジルがいた。ジルはリンネの心に向き合わなかったかもしれない。しかし苦境に立ち向かう強さをジルはリンネに教えていた。それは強くなりたいと願ったリンネが後天的に掴み取った確かな"強さ"だったのだ。リンネはアインハルトとのタイトルマッチにたどり着けなかったが、その過程で彼女は"強さ"を手に入れていたことをフーカとの激闘を通じてリンネは実感する。

 幼馴染の歯が折れるほどの強烈なアッパー。神すら倒せる一撃。個人的に今作で最も熱いシーンだった。『ViVid Strike!』という物語はジルとリンネという不器用な師弟の過ちを指摘し、糾弾するだけでは終わらなかった。彼女たちの歩みを拳で祝福したのだ。その一撃で歯が折れたフーカが孤児院時代の彼女を想起させ、仲違いしたフーカとリンネがかつての関係に恢復していることを示唆する演出もニクかった。

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 『ViVid Strike!』は『魔法少女リリカルなのはシリーズ』に位置づけられる作品だが、『なのは』にこれまで触れたことのない自分でも十二分に楽しめた。格闘技アニメ(魔法少女アニメ)の体裁をとっていたが、西村監督がかつて『true tears』で描いたようなような抑圧からの恢復の物語であり、自意識に苦しめられるヒロインが、彼女を大切に想う他者の手によって本音を引き出される、抑圧された自己を解放する物語に心が震えた。サンキュージュンジ。ナイスハーモニー。