ジョイナスのカラオケBOX

アサヒ芸能で連載中の「ホソジュンのアソコだけの話」の書籍化、ドラマ化、もしくはアニメ化を願うだけのブログです。

僕は・眼鏡っ子が・大好きだ/細江純子にはなれない/他

 僕は・眼鏡っ子が・大好きだ

この女性を皆さんはご存じだろうか?

彼女の名前は細江純子。巷では「美人」と話題の御年44歳の元JRA騎手である。

Googleの検索バーに「細江純子」とタイプすれば「美人」とサジェスト表示され、実況スレでは彼女が登場するたびに「抱ける」「エロい」と評される。当ブログにも細江純子 エロ画像」「細江純子 おっ〇い」といった検索フレーズ経由でのアクセスが度々ある。よって彼女に性的な関心を抱いている人間が実在することは明白であるが、私には彼らの気持ちは一切理解できない

一切理解できないが、眼鏡をかけて顔を半分隠した写真を見た瞬間に「アリかな」と思ってしまった。それぐらいに、私は眼鏡をかけた女性が好きなのである。

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このキャラクターを皆さんはご存知だろうか?

彼女の名前は桑山千雪。「アイドルマスター シャイニーカラーズ」に登場する23歳の女性アイドルである。この千雪、なんとアイドルの身でありながら、担当するプロデューサーへの好意を隠す気がない。ファンはどうした。文春が怖くないのか。「シャニマス」をプレイしていると、このようなアイドルが他にも数名いるからたまげたものだ。

さて、攻略対象アイドルが19人いる中で、千雪の私の中での好感度は下から5番目くらいだ。理由としては「(Chimpo_Joinusはロリコンなので)ムチムチした女性がそこまで好きではない」「(ロリコンなので)アルストロメリアなら双子のJKの方が好き」などがあげられる*1

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桑山千雪  ノースリーブのニット乳!

しかしである。前回のイベント限定の眼鏡アリ千雪をプロデュースした際に、「アリかな」と思ってしまった。それぐらいに、私は眼鏡をかけた女性が好きなのだ。しかしこの眼鏡千雪、ものすごく既視感がある。なんというか、テレビ東京の競馬中継に出演している女子アナのようだ。

細江純子にはなれない

ジョイナスのアソコだけの話」をここ3か月くらい予約投稿機能を使って隔週土曜の12:00に投稿している。そして投稿1週間前には記事は書き上げるようにしている。

これは本家「ホソジュンのアソコだけの話」にできるだけ寄せていくための試みだ。「ホソジュンのアソコだけの話」には書かれている時事ネタにラグがあったり、細江純子が注目馬としてあげた馬がレースに出走しないケースが割と珍しくない。これは原稿の締め切りが雑誌発売日の1~2週前だからだと推察される。よって「本家らしさ」を追求するなら、「ジョイナスのアソコだけの話」も投稿の1~2週間前には完成されているべきではないだろうか。

しかしである。「本家らしさ」を追求すればするほど、偉大なる細江純子と凡夫にすぎない私の差を実感せずにはいられない。

たとえば細江純子は月1,2回のペースで友人・知人との猥談をネタにしてくるが、私は友人と話した内容をブログに書くという発想にすら至らない。身バレが怖いからだ。仮に身バレの問題がなかったとしても、自分のことならともかく他人の事情をネタにするのは私には抵抗がある。しかし細江純子は知人・友人・共演者をかなりの頻度でネタにする。よほど思慮が足りないか、ネタにしても許されるくらい信頼されているかのどちらかだ。細江純子の業界内での立ち位置を考えれば、おそらく後者なのだろう。身バレを気にする矮小な私からしてみれば、細江純子は圧倒的な強者としかいいようがない。

また、書いているうちに細江純子の芸風と自分が噛み合わないことに気づいてきた。細江純子の芸風とは「逸脱」だ。競馬評論家なのに、競馬をそっちのけにしてシモネタを書いているという「逸脱」が細江純子の笑いの本質だ。また、女性の身でありながら、下品な言動を自重しない姿にも「逸脱」を覚えることができるだろう。「今回もシモネタばかり」「自分が恥ずかしい」と自虐しながらも、開き直って次号でもシモネタを描く細江純子の「逸脱」が面白いのだ。私はどうだろうか。私は私。タワシはタワシ。騎手や競馬評論家や、ましてや女にはなれない。桧山進次郎が環境問題をセクシーに論じたところで誰からも連絡が来ないように、細江純子ではない私がシモネタコラムを書いたところで何からも「逸脱」しない。ただ虚ろな模造品が残るだけだ。そのことに気づきながら私はシモネタコラムを書き続ける。いくら文体を真似ても私は細江純子にはなれない。勝利も敗北もない孤独なレースは続いていく。

しかしである。私が血と涙を流しながら細江純子を真似ている傍らで、世の中にはジョイナスレの(ガッツポや(ヒヒーンを鉤括弧の外に書いたり、全角で表記したりする連中がいる。お前ら「小田ラップがない」やら「名古屋ネタがない」やら散々ケチをつけてくるのに、こういうレギュレーション違反には気が向かないのか?許せない。反吐が出る。クソッタレ。

シャニマスの話

密かにシャニマスを始めてたりする。どういうゲームかよく分からなかったが、プレイして1日でプロデューサーに自分を投影し、担当アイドルとの信頼関係の構築に疑似恋愛を見出しニタニタするギャルゲだということは理解できた。

長いところキャラ萌えのコンテンツにはハマってこなかったが、久々にキャラにハマれるコンテンツに出会えたようだ。私はチョロいヲタクなので、プロデュースをするたびに好きなキャラクターの序列が乱高下してしまう。暫定的なトップ5はこんな感じ。

  1. 三峰 結華
  2. 有栖川 夏葉
  3. 田中 摩美々
  4. 風野 灯織
  5. 園田 智代子

3位以下はコロコロ変わってしまう。3位が灯織だったときもあれば、凛世だったときもある。数週間前は甘奈が3位だった。

今、摩美々が3位なのは、ここ最近彼女をプロデュースしてW.I.N.G.決勝で3回くらい連続で負けてしまったからだ。褒められるとやる気をなくす天邪鬼な摩美々だが、負けると聞いているこっちが心苦しくなることを言い出す。ただ優勝するとPに褒められてあの気だるい声を震わせる。これがチョロい私には効いてしまうのだ。

完全に聖域と化しているのが三峰と夏葉。自分としてはこの2人が対照的な存在で、対照的ゆえに強く惹きつけられるものがある。

三峰のイラストを見て「この眼鏡っ子可愛いな」と思ったのがシャニマスをはじめるきっかけとなった。実際に触れてみると、三峰はこうしたファーストインプレッションをあらゆる意味で越えてくるキャラクターであった。

三峰はお調子者の仮面をかぶって他人とコミュニケーションを図る少女である。お調子者として振舞うことを彼女自身楽しんでいる節があり、その点は「ゆゆ式」の野々原ゆずこに通じるものがあるだろう*2。プロデューサーに対しても彼女はお調子者のペルソナを被って接する。時には思わせぶりな言動でプロデューサーをからかう。それが三峰の外向きの顔なのである。しかしPは三峰が努力家で、アイドル活動、そして対人面においても無理をしていることに気づく。シャニマスのプロデューサーは担当アイドルに対して常に真剣なプロデューサーの鑑だ。三峰はそんな素の自分にも向き合ってくれるPに感謝しつつも、彼にこれ以上踏み込まれることに関しては恐れを抱く。恋する少女としての顔を隠すため三峰はお調子者の仮面を被り続ける。

繰り返すがシャニマスのプロデューサーはプロデューサーの鑑というべき存在である。アイドルに対してとても誠実で、やたらアイドルと朝からランニングしたがる点を除けば人として好感を抱かざるを得ない。「そりゃ担当アイドルに好意を抱かれても仕方ないよね」と、納得しちゃうキャラに仕上がっている。しかしである。担当アイドルに対して誠実に向き合っているにもかかわらず、Pは彼女たちの恋心に気づかない。気づいたところで、薄い本で描かれているアイツらとは違って「Pと担当アイドル」という関係を断固として死守するだろう。つまり恋する少女としてプロデューサーの前に立つ限り、アイドルたちは全員「負けヒロイン」になってしまう。先ほど私はシャニマスをプロデューサーに自分を投影し、担当アイドルとの関係に疑似恋愛を見出しニタニタするギャルゲと評したが、三峰をプロデュースするときはその限りではない。シャニマスPはもはや私たちの投影の対象ではなく、アイドルを「負けヒロイン」にさせてしまう存在に他ならない。そしてプロデューサーへ自分を投影するのをやめた私たちは「負けヒロイン」である彼女たちを「お前の良さは俺が分かってるからな」とディスプレイの外から慰める、俺が分かってるぞおじさんになり果てるのだ。限定の三峰のコミュは自分が「負けヒロイン」である現実に直面した三峰のいじらしい姿が描かれていて、こんなものを見せられてしまったら永遠に聖域に祀らざるをえない、と思わせられるだけの破壊力があった。三峰はアイドル・三峰結華としてプロデューサーと歩いていくことを決意し、「負けヒロイン」としての自分を封印する。そして彼女が「負けヒロイン」であることは私たちと三峰の間の永遠の秘密となる。

個人的に三峰と最も対照的な存在だと思うのが夏葉である。「今の私には幸せしかない」「これからも『今』が続くように私はもっともっと高みを目指さなきゃ!」と、彼女はアイドルとして生きる『今』に幸福を見出している。夏葉の『今』を生きる限り、プロデューサーは信頼できるパートナーであり、アイドルは恋に破れる「負けヒロイン」には決してなりえない。アイドルとして高みを目指すことが、Pとアイドルの幸福だということを夏葉は溌剌と示してくれる。こうした夏葉の姿勢は敗北に怯え、Pとアイドルの曖昧な関係性において予防線を張り続ける三峰とは対照的だ。夏葉は自分が幸福になる、勝利を掴む未来以外は見ようとしない。

夏葉は前向きかつ合理的なキャラクターだ。「ナンバーワンを目指している」「あなたは何も考えなくてもいい」と当初はオラついていた夏葉だったが、彼女の合理性が個人主義的な方向ではなく、面倒見のいいユニットのお姉さんという形に彼女を着地させるのが面白く、とても可愛らしい。そして合理性を愛する彼女が、Pに求めた言葉が『頑張れ』『夏葉は大丈夫』だというのが、とてもグッとくる。「あなたは何も考えなくてもいい」とまで言われたプロデューサーは、最終的には彼女の合理主義にぴったりマッチした存在となる。合理性という軸をぶらすことなく、夏葉はPに依存してくる。チョロい私はこれでイチコロである。三峰ではストレートには味わえない「アイドルに頼られる快感」をこのうえもなく味合わせてくれる夏葉。彼女も聖域化するのはやむをえないだろう。

*1:書いていて思ったのだが、千雪のセールスポイントである「包容力」とか「おっとり」といった要素は私のツボではないのかもしれない

*2:三峰結華(CV.大久保瑠美)でもしっくりくるね