ジョイナスのカラオケBOX

アサヒ芸能で連載中の「ホソジュンのアソコだけの話」の書籍化、ドラマ化、もしくはアニメ化を願うだけのブログです。

シャニマスの話11

「天塵」感想

When you say "it's gonna happen now"
When exactly do you mean?
See I've already waited too long
And all my hope is gone

「今にその時が来るよ」っていうけどさ

今って一体何時なんだい?

もうずっと待たされて 希望なんて消えてしまったよ

──"How Soon Is Now?" / The Smiths


How Soon Is Now? (2008 Remaster)

「ハウ・スーン・イズ・ナ→ウ」というコミュタイトルを見た時に、真っ先に思い浮かべたのはThe Smithsのことだった。

「How  Soon Is Now?」はThe Smithsの2nd albun「Meat is Murder」に収録されている楽曲だ。

I am human and I need to be loved
Just like everybody else does

俺だって人間さ

他の連中のように愛が欲しい

There’s a club, if you’d like to go
You could meet somebody who really loves you
So you go and you stand on your own, and you leave on your own
And you go home and you cry and you want to die

クラブに行きたきゃ行きなよ

君を本気で愛してくれる誰かがいるかもね

そうやって君はクラブに行って、ひとりぼっちで立ち尽くし、ひとりぼっちで帰っていく

そして家に帰って泣いて、死にたくなるんだ

同曲では卑屈な青年の心情が歌われている。青年は愛を求めているが、誰からも愛してもらえない。「今にその時(誰かに愛される日)が来るよ」という慰めも信じられなず、「「今」っていつだよ?!」と逆ギレする。「こんな曲を誰が好んで聴くんだ?」と思う方もいるかもしれないが、「How Soon Is Now?」はThe Smithsの代表曲の1つとして認知されている。

The Smithsが活動した80年代は、数々の著名ミュージシャンたちがチャリティーコンサートに勤しんでいた時代だ。世間が第三世界の貧困に目を向けていた頃、The Smithsは1st albumの1曲目で、少年性愛者のことを歌った。「人々はあなたに価値がないというけれど、僕はそう思わない」と。


Reel Around the Fountain (2011 Remaster)

ボーカルのモリッシーの関心は「愛されない」とか「認められない」とか「学校に行きたくない」といった生きづらさにあった。樋口円香のような皮肉屋のモリッシーは鬱屈した感情をアイロニーやユーモアを交えながら誌的に表現し、そんなモリッシーの詞をジョニー・マーのギターが耽美的に彩る。愛を歌うポピュラーミュージックにも、セックスやドラッグを歌うロックにも慰められない人々。チャリティーソングでは決して救われない人々。The Smithsは彼らの陰惨な感情に寄り添い、言葉と音楽の力でそれらを輝かせ、80年代のイギリスを代表とするロックバンドとして成功した。

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さて、「天塵」の話をしよう。

イベントの最大の見どころはノクチルが番組をぶち壊すシーンだ。自分たちの想いを踏みにじる番組サイドに対し、静かに怒りを表明する浅倉透の姿は自分はカッコいいと思った。

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ノクチルの起こした騒動は好意的に受け止められず、ラストの花火大会の営業でも、客は花火に夢中で誰も彼女たちを見ていない。前途多難な出だしにも関わらず、プロデューサーは彼女たちのことを「よかった」という。

「よかった」とはどういうことだろうか。傍から見て努力しているように見えることだろうか。SNSのフォロワーやメンション数が多いことだろうか。花火のように、大きく鮮明に輝くことだろうか。そのような観点からいえば、ノクチルには価値はない。

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ノクチルは缶の底に残ったミカンの粒のように、そのまま捨てられるような存在かもしれない。花火の前では霞んでしまうような小さな光かもしれない。そう思わざるをえないが、それでも「よかった」と思えるプロデューサーの心境を私たちは理解できる。彼女たちを誰よりも近い場所から見ている私たちプレイヤーからしてみれば、その輝きが美しいと思えるかどうかが問題であり、光の大きさはさして重要ではない。

一方で、私たちは缶の底に残ったミカンの粒を捨ててしまう人間でもある。価値を見出せないもの、その輝きが届かないものに対して、いくらでも無慈悲に振舞うことができるのが私たちである。だからこそノクチルとシャニPのこれからの道のりの途方のなさに私は愕然としてしまう。「How Soon Is Now?」の青年のように「今にその時が来るよ」と言われても「もう希望なんてない」と下を向く樋口円香の姿が想像できる。

「How Soon Is Now?」―――彼女たちが理解される日がいつか来るのだろうか。希望と絶望の間で夜光虫たちはいつまで輝き続けなければいけないだろうか。そのことを思うと気が遠くなりそうだ。しかしである。少なくとも彼女たちが遠い昔に交した「海に行く」という約束は、アイドルになったことで果たされた。透以外の3人が心待ちにしていた「その時」が皮肉にも訪れてしまった。

「希望なんて消えてしまった」とThe Smithsは歌う。しかし彼らは希望のなさを、見向きもされない人々の陰鬱な感情を詞と音楽の力で輝かせ、多くのリスナーに支持された。夜の海に漂わなければ、夜光虫の輝きは目に映らない。ノクチルの儚い光もディレクション次第では多くの人に届くかもしれない。そうすれば、その淡い光の美しさに魅入られる人が出てくるかもしれない。

The Smithsのように希望を否定する方がきっと楽だろう。しかし「天塵」のシナリオはちっぽけな少女たちにアイロニカルな希望を突き付ける。世の中の人間はまだ彼女たちの輝きに気づかないが、分かる人間は確かにいた。ステージ上で拍手を送った「1人目のファン」の存在が、皮肉にも希望があることを肯定してしまう。

世の中には誰からも見向きもされない美しさがある。そして見向きもされない輝きが、いつか誰かの目にとまるかもしれないという希望がある。こんな不確かな希望に縋り続けるのは残酷かもしれない。それでもノクチルは海に来て笑う。美しかった。皮肉なことに。

おまけ―――ノクチルとThe Smiths

ノクチルとThe Smithsには他にも共通点があるので紹介しよう。

今回のコミュがThe Smithsを引用しているかどうかはぶっちゃけ定かではない。あくまで野獣先輩〇〇説的なものとしてで読んでもらえれば幸いである。

口パク


The Smiths - This Charming Man (Live on Top of The Pops '83)

番組プロデューサーに口パクを要求されたノクチル。実はThe Smithsも英BBC「トップ・オブザ・ポップス」出演時に口パクをした経験がある。めんどくさい性格のモリッシーではあるが、映像を見る限りではちゃんと(?)口パクをしているようである。

というかThe Smithsに限ったことではない。「トップ・オブ・ザ・ポップス」は出演アーティストに口パクをさせる番組で、多くのアーティストが口パクを強いられてきた。


Oasis - Roll With It Top Of The Pops

この番組に対してノクチルのような意趣返しをけしかけたのがThe Smithsと同じマンチェスター出身のOasis。番組出演時にギャラガー兄弟は役割を入れ替え、リアムがギターを弾くふりをし、ノエルがリードボーカルを務めるというあからさまに口パクがパフォーマンスを披露した。

とはいえギャラガー兄弟は一応歌うフリはちゃんとしている。歌うフリをしないばかりか、別の曲を急に歌い始めた透の方が過激かもしれない。

t.A.T.u.

生放送のハプニングといえば、ミュージックステーションの出演をドタキャンしたロシアの女性デュオt.A.T.u.を連想した人もいるかもしれない。もう17年前だというからたまげたものだ。


How Soon Is Now?

t.A.T.uは「How Soon Is Now?」を1st Albumでカバーしている。レズパフォーマンスで話題となったt.A.T.uだったが、ボーカルの2人はどちらもノンケで、異性の交際相手がいたらしい。要はマイノリティを演じていたというわけだ。そんな連中に非モテのアンセムのような「How Soon Is Now?」を歌わせるんだから呆れたものである。でも弱者からの共感は金になるから仕方ないね。

ミスター・〇〇


Frankly, Mr. Shankly (2017 Master)

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The Smithsのボーカル・モリッシーは樋口円香同様に皮肉屋である。そしてThe Smithsの楽曲には円香のように「ミスター・〇〇」と相手を呼びながら、その人物を罵倒する「Frankly, Mr. Shankly」という曲が存在する。

3rd album「The Queen Is Dead」に収録されている「Frankly, Mr. Shankly」は、曲は「ミスター・シャンクリー」に「仕事を辞めたい」と告げる部下の視点で描かれている。だが次第に「あなたの書く詞はクソみたい」とか「あなたは尻にたまったガスみたい奴だ」と「ミスター・シャンクリー」を罵倒しはじめ、最後に「お金を下さい」という本音をぶちまける。

「ミスター・シャンクリー」はThe Smithsが当時所属していたレコード会社のトップのことではないかといわれている。The Smithsは自分たちの取り分について会社に不満があったらしい。ちなみにThe Smithsはメンバー内でもお金の取り分で揉め事を起こしている。