ジョイナス最後の戦い

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西村純二最新作「ぶらどらぶ」1話

西村純二

「昔から頭上に何か生き物がいる画が大好きなんです」と西村純二は言った。空を見上げるたび、私はその言葉をよく思い出す。

 

電車に乗っていると、男の話し声が聞こえてきた。

西村純二作品は1話あたりのハーモニーショットの回数を数えながら見るものさ。処女が天井のシミを数えるようにね」

男は同乗している女に話しかけている。車両には私と彼と彼女の3人だけだった。澄み切った師走の空の下、ガタゴトと唸りながら電車は陸橋を通り過ぎる。

「ちなみに『ViVid Strike!』の1話で使われたハーモニーショットは6回だよ」

知識をひけらかす男はどこか得意気で、それが私の気に障った。一方、女は「そうなんだ」と男に応じながら、電車の天井をじっと見つめていた。男の話に全く関心がなさそうだったので、少し溜飲が下がるような気持ちになった。

男の視線は女の方を向いている。しかし彼女が自分を見ていないことに男は一切気付いていないようだった。彼は構わずに西村純二作品の蘊蓄を続ける。『true tears』のハーモニーショットは放送事故だと思われたとか、西村純二の講演会ではなぜか『グラスリップ』に触れられなかったとか、そのような類の話が長々と聞こえている。

女は変わらず天井を眺め続けていた。中吊り広告が年末年始の京都旅行をPRしていたが、そちらにも興味がない様子だった。もっとも「そうだ」、と言われても今は気軽にどこかへ行ける気がしない。「病は気から」というが、病が気を蝕むことの方が圧倒的に多いような気がする。

吊革は忙しなく揺れ、空調は低く轟いていた。暖房が弱いのか車内はあまり温まっていない。もっと着込んでくればよかったと、私は体を震わせる。男は赤いコートに薄紅色のマフラーをかけていてとても暖かそうだった。一方、女は水色の薄いカーディガンを一枚羽織っていているだけで、見ているだけで心許なかった。表情だけ見れば平気そうだったが、肌は寒さで赤みを帯びていた。

西村純二のファンなら、石動乃絵のようにコートを着せてあげるべきではないだろうか、と思った。あるいは湯浅比呂美のようにマフラーをかけてやるべきではないのか、と。

そうこうしているうちに車内アナウンスが鳴り響く。次は終点の豊橋。男の独演会の終わりが近づいていた。

「実は『今日からマ王!』を一切見ていないんだ」

それが講演のオチだった。男は誘い笑いをする。西村純二に詳しいのに代表作の『今日からマ王!』を見ていないというのが滑稽だと彼は思ったらしい。私はそんなことよりも、西村純二が『グラスリップ』を視聴した長男に「エヴァより難解だった」と言われた話の方が面白いと思った。

電車は徐々にスピードを下げ、豊橋のターミナルビルがゆっくりと近づいてくる。あの駅ビルのアニメイトで、私は『グラスリップ』のブルーレイを購入したのだ。全巻購入特典のドラマCDは一度も聴かずにどこかへ消えてしまった。捨てた記憶はない。売ってもきっと金にはならない。どこへ消えてしまったのだろう?そもそも、グラスリップのドラマCDは本当に存在しているのだろうか?

豊橋駅の長いホームが見えたあたりで、女が口を開いた。

「鳥が飛んでいたの」

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「何羽か飛んでいた。でも数えていなかった。それどころじゃなかったから」

それどころじゃなかった・・・・・・・、と女は言う。電車はホームに停車したが、女は降りようとしない。気が付けば男の方はいなくなっていた。一体いつの間に、と私は困惑する。まじまじと見ないようにはしていたが、私はずっと2人のことを気に留めていた。西村純二のことを話す男と、天上を見つめる女のことを電車の中でずっと意識していた。男が降車したのなら絶対に気付くはずだった。ところが男の姿は現にどこにもない。私の認識の隙間を掻い潜るように、男は姿を消してしまった。

女はそれに戸惑う様子も見せず、じっと彼女の斜め上の空間を無言で見続けていた。そのとき私は気付いた。彼女は見ているの天井ではなく、遥か先で飛んでいる鳥ではないか、と。その瞳が映すのは鳥だけで、天井も、男も、きっと私のことも最初から見えていない。

私は本当に存在しているのだろうか・・・・・・・・・・・・・・・・

一向に動こうとしない女に声をかけようか一瞬だけ迷ったが、私は足早に電車を降りることにした。親を見失った迷子のように、私はあてもないままどこかに駆け出そうとしていた。

 西村純二最新作「ぶらどらぶ」1話


VLADLOVE EP01 "Vampire Girl,Bloody Excited" Eng sub

待ちに待った西村純二の最新作『ぶらどらぶ』。

結論から言うと、ハーモニーショットについてはよく覚えていない。天井のシミを数えるように1話あたりのハーモニーショットの数を数えようとしたのだが、始終繰り返されたワイプ描写が気になってそれどころじゃなかった。

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開始30秒ほどでワイプ。

ここ数年、西村はワイプを利用した演出を試みている。ワイプは1つの画面に別の画面を組み合わせることで複数の視点の並立を実現する。

ワイプといえばテレビの中継で見るようなものを思い浮かべる人が多いかもしれない。中継先の映像の邪魔にならないよう、片隅に小さくスタジオの映像を重ねるアレだ。

一方、西村のワイプは片隅に小さくどころか、元の映像を喰らうかのごとく主張する。

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グラスリップ12話

たとえば『グラスリップ』では俯瞰の構図が多用されていたが、12話では俯瞰を遮るようにワイプが使われてた。ワイプは俯瞰図に小さく映るキャラクターたちを覆い隠し、間近からの彼らの姿を映し出す。

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ぶらどらぶ1話

『ぶらどらぶ』でも似たような試みがなされていた。吸血少女マイの無防備な寝姿を、彼女を見つめる主人公・貢の視線が視聴者から隠してしまうのだ。対象へのまなざしをもって、対象を隠すという極めて背理的な表現である。

こうした描写を見て思い返したのが、『グラスリップ』の時の西村の発言である。

正直言えば、僕が動画、ムービーという作品形態を百パーセント信じていないのかもしれない。動画の流れをパッと中断したい欲求にかられる瞬間があるんですよ(グラスリップ設定資料集「カゼミチノート」209頁より)

これはハーモニーショットに対する言及である。「ここでつんのめって次にいったほうが絶対気持ちいいはずだ」と思う瞬間に、西村はハーモニーショットによって動画の本来的な流れをあえて止める。

ワイプ描写にも同様なことが言えるのではないかと思う。視聴者が見るはずだった百パーセントの映像をワイプが妨げる。視聴者にとっての映像の本来性を「多角的な視点」という名目で全力でぶち壊してくるのが西村イズムである。

自分はこうしたエゴイスティックな表現にすごく面白みを感じるが、賛否両論(否多め)になるのも仕方がないようには思う。身も蓋もない言い方をすれば、視聴者に嫌がらせしているようなものだから。

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令和のアニメとは思えないリアクションである

作品の内容にも少し触れよう。

主人公は献血マニアの少女・絆播貢。彼女が吸血少女・マイの為に献血部を立ち上げて血液を確保するというコメディらしい。貢は献血が大好きだが、彼女の血液は特殊で他人に分け与えることができない。しかしヴァンパイアのマイからしてみれば貢の血も糧となる。

献血マニア」という設定が荒唐無稽すぎて正直とっかかり難いように思える。しかし主人公は異端者としてのジレンマを抱える存在だと思うと、作品のセンチメンタルな輪郭が見えてくるはずだ。

ただキャラの内包するセンシティブさとは裏腹に、作品の暫定的な方向性は感傷とは程遠いように見える。

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1話目から熟女の裸体が見られるアニメ

1話の後半では貢が献血部を立ち上げる顛末が描かれる。部の立ち上げに養護教諭の血祭血比呂が「一肌脱ぐ」ことになるのだが、なぜか血比呂は比喩的に脱ぐだけでは飽き足らず実際に脱いで全裸になってしまう。

血比呂は「私にはモラルがない」と言い張り、教師でありながら平然と貢に暴力を振るう露悪的な人間である。そんな彼女が貢の願いを聞き入れて助け船を出すわけだから、「なんだ、この人ワルぶってるけど結局いい人じゃん」とちょっとほっこりするシーンになるはずなのだが、本作品はここにあえて必然性のない全裸を挟み込んで台無しにしてしまう。

こうした「スカシ」についていけるのか、ついていけないのか。面白いと思えるのか、くだらないと思ってしまうのか。見る人を選ぶ作品になることはおそらく間違いないだろう。