ジョイナスブログⅡ

アニメ、競馬など

細江純子とわたし・2017

はじめに

 2017年のはじめ、私はあることを決意した。ホースコラボレーター*1細江純子氏がアサヒ芸能に連載しているコラムに対する論評を毎月ブログに掲載しよう、と*2

 ところが残念なことに、私はその試みをわずか4か月で挫折してしまった。私が勝手に決意して勝手に諦めただけだから、おそらくほとんどの読者の方々(そもそもいるの?)にとってはどうでもいいことだろう。傍から見れば取るに足らない挫折とはいえ、このままにしておくのは自分としては後味が悪い。というわけで、純子コラムへの論評を続けられなかったことへの代償行為として、私が純子コラム論評を投げてからの、私と細江純子の間に*3起きた細やかな出来事の数々を書き連ねようと思う。

 

細江純子ブラチラ画像を保存してしまった

 某掲示板でノースリーブの肩口からブラジャーの紐が露出した細江純子氏のキャプチャー画像を拾ってしまった。はてなブログの規約上、性的な画像を掲載するわけにはいかないのでここでその画像を転載することはできない。予めご了承を。

 問題は2つある。ブラジャーの紐が見えていることと、当該画像の細江純子氏が美魔女に見えかねないくらい映りが良いということだ。私は決して熟女趣味ではないが(信じてほしい)、細江純子氏の奇跡的な映りの良さに抗えず不覚にも保存してしまった。奇跡を保存したかっただけなのだ。使用するつもりは一切ない。

 ただ熟女好きで、微エロくらいがちょうどいいという人なら当該画像をオカズにしてしまうかもしれない。絶頂しながら「こんな女性が本当にセックスレスなのか?」と思ってしまうかもしれない。そんな奇特な人でも、彼女のコラムを読めば純子が夫から抱かれない理由がなんとなく分かるはずだ。世の中はうまくできている。

細江純子効果!ブログ閲覧数が大幅アップ!

 細江純子氏のコラム論評をはじめるようになってから、当ブログの閲覧者数は飛躍的に増大した。

 それまで当ブログで一番閲覧数が多かった記事はアニメ・グラスリップに登場するM.C.エッシャーの「昼と夜」に関する考察記事だった。

joinus-fantotomoni.hatenablog.com

 今、当ブログで一番のPVを獲得しているのは純子コラム3月分の論評記事だ。なんと「昼と夜」の考察記事の5倍は読まれている。とりわけ彼女がレギュラー出演中の「みんなのけいば」が放映される日曜日のアクセス数は圧巻である。もはや私は氏と氏の出生地である愛知県蒲郡市に足を向けて眠れない。

joinus-fantotomoni.hatenablog.com

すごいぞ純子!7週連続予想的中!

 純子効果によって閲覧者が増えた当ブログだったが、一時期ブログのPVが純子効果では説明できないくらい爆発的に増大したことがあった。後で知ったことだが、どうやらその期間中に細江純子氏が「みんなのけいば」放送中に披露した競馬予想が7週(か6週くらい)連続で的中したという。やっぱり純子のおかげだった。

 しかしながら私はブログの閲覧数増加を手放しで喜ぶことはできなかった。理由はその期間中にもっと読まれた記事にある。

 細江純子連続的中期間もとい純子バブル期に最も読まれた記事は上記の3月分のコラム論評記事だった。その月には、こんなコラムが掲載されている。

asageifuzoku.com

 番組での予想が当たらず、細江純子氏が白髪が増えるほどに悩むという内容だ。そんな氏に対して共演者の井崎脩五郎は「ホソエちゃん、大丈夫。誰も読んでいないから。誰も注目していないから」と言い、番組ディレクターは「いや、ホソエさんは注目されていますよ」「予想じゃないですよ。シモネタですよ。僕の周りにも注目している人は多いですから」と茶化す。

 私はこのコラムに対する論評で、元騎手に予想をさせるメディアを批判した。この記事のディレクターの発言は、細江純子氏の予想に需要がそれほどないことを認めているようなものである。にも拘わらず、馬券予想という役割を担わせることに違和感を私は感じている。

 ところが、細江純子氏が予想を連続的中させたことで、皮肉にも彼女の予想に需要が生まれてしまった。増えていくPV数に、私は思い知らされたのだ。それが当たる予想だと感じれば、深い根拠がなくても飛びついてしまうのが競馬ファンだということを。

最後に

 徳間書店さん、私は「ホソジュンの舞台裏届けます!」の書籍化を熱望しています。是非ともよろしくお願いします。

*1:って何だよ

*2:その決意の産物は当ブログの細江純子タグから閲覧可能だ

*3:ことわっておきたいが筆者と細江純子氏には直接の関りがない。私はただの氏のファンである。氏のファンとして、彼女のアサヒ芸能連載コラムの書籍化実現の後押しになればと、コラム論評をはじめたのである

「愛されチンポキャラ・高木守道」について

joinus-fantotomoni.hatenablog.com

 「高木が叩かれて可哀想だから愛されチンポキャラにしていきたい」というのはつまるところ以下の通りだ。

 当時の中日ファンの間で、彼は「高木守道=敵/無能」という扱いだった。高木守道=敵」というイメージを粉砕するにはどうすればいいか?最善策は「高木守道=味方/有能」という、既存のものの対偶のイメージを確立させることだ。しかし、それは事実上不可能だった*1

 ならば「敵/味方」「有能/無能」という枠から外れた、まったく別のイメージを持ち出そう。それはなるべく馬鹿馬鹿しく、しかし印象に残りやすいものがいい。そこで白羽の矢が立ったのが「愛されチンポキャラ」である。「高木守道=敵/無能」というイメージに、「高木守道=愛されチンポキャラ」というイメージをぶつけて後者を勝たせよう。これがおちんぽジョイナスだった。

 

 しかし上の説明は十分なものとは言えない。それは「愛されチンポキャラ」という発想に至った根源に触れられていないからだ。

 私は学生時代に露出狂に陰茎を見せつけられたことがある。露出狂は初老の男性、私は当時男子高校生だった。普通露出狂は異性に陰部を見せつけるのものだと思うが、なぜか私が選ばれてしまった。男がよかったのか、男でもよかったのか。それは今となっては知る由がない。

 痴漢やレイプの被害者と比べれば、私が受けた苦痛など些細なものだろう。自分は女性ではないから、女性が被るであろうジェンダー的な不快感とも無縁でもあった。

 しかしながら、私も性犯罪被害者だということは揺るがない事実。性犯罪とは他者を軽んじるということだ。自分が軽んじられたことへの屈辱は忘れられないし、なかったことにもできない。

 

 話を「愛されチンポキャラ」に戻そう。「なぜ私は愛されチンポキャラという発想に至ったのか」という問いを、「私にとっておちんぽとは何か」に問い直す。あの露出狂は、私に陰茎を見せつけることで私を軽んじた。私にとっておちんぽとは「他人を軽んじること」の象徴だ。「私たちを軽んじたもの」と言い換えてもいいかもしれない。故に、高木守道を露出狂として扱うことは、高木を私が若かりし頃に出会った露出狂と重ねることと意味する。

 「高木が叩かれて可哀想だから愛されチンポキャラにしていきたい」というのがおちんぽジョイナスの大義名分だ。しかしその内実は「ジョイナス~ファンと共に~」という当時の中日ドラゴンズのスローガン・チームの方針に対する揶揄である。

 チームの全盛期を築いた監督・落合博満を唐突に解任し、これ見よがしにファンサービス重視の方針を打ち立てたフロント。落合の解任は大方のファンにとって納得がいくものではなかった。ファン無視の人事を断行したフロントがファンサービスを謳う。これほどバカげたこともない。中日ドラゴンズファンは、他でもない中日ドラゴンズ自身から軽んじられたのだ。

 今にして思えば、当時の私はそんな中日ドラゴンズ、そしてフロントが据えた新監督高木守道に学生時代の私を軽んじた露出狂の男を重ねていたのかもしれない。ファンを軽んじた球団に対する怒りが、私の水面下で露出狂の男と結び付いて「おちんぽ」という発想を引っ張り上げたのだろう。なぜ「おちんぽという発想に至ったのか?」と自分に問いかけるなら、そうとしか答えようがない。

 

 ただこの答えは「愛されチンポキャラ」というコンセプトに明らかに矛盾するものだ。「高木を愛されるようにしたい」と言いながら、彼に悪のペルソナを背負わせていたのだから。高木を救うどころか、露出狂と結び付けて糾弾しようという意図すら感じとれるかもしれない。この矛盾に「高木が叩かれて可哀想だから愛されチンポキャラにしていきたい」という言葉の裏に隠された、私ですら無自覚だった私の本音が浮かび上がってくる。

 おちんぽジョイナスの世界では、陰茎露出がファンサービスとして成立している。ファンはおちんぽを求めているのだ。つまる話が、「陰茎露出」=「他者を軽んじること」という私の心因的なメタファーが、おちんぽジョイナスの世界では「陰茎露出」=「他者を喜ばせること(ファンサービス)」と転化しているのだ。メタファーが捻じ曲げられた世界では露出狂の男や中日球団から私が軽んじられたという事実が無化される。それは新海誠が『君の名は。』で描いたことにも通じるかもしれない*2。「高木を愛されチンポキャラにしたい」というのは建前で、私は結局のところ「軽んじられた」ことに対する屈辱感や憤怒から自分を解放したかっただけなのかもしれない。事実を無化するという方法で。しかしそれは虚しい幻想にすぎない。だってどんな事実も、本質的に「なかったこと」にはできないのだから。

 

 おちんぽジョイナスとは何だったのか。内省に内省を重ねた結果、私の被害者意識が創出した虚しい夢だったという事実に行きついた。とはいえ高木守道を露出狂扱いすることで「軽んじた」私には、露出狂や中日フロントを糾弾する権利はあっても資格がないだろう。

 7/17(明日)は高木守道の76歳の誕生日だ。彼の生誕を祝う代わりに、懺悔としてこの雑文を捧げたい。

*1:白を黒にはできない

*2:「死」の無化だ

愛されチンポキャラ・高木守道 1

43 :風吹けば名無し[]:2012/05/06(日) 17:50:14.70 id:hQde/bNF
高木が叩かれて可哀想だから愛されチンポキャラにしていきたい

http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1336293752/43

 

 「高木が叩かれて可哀想だから愛されチンポキャラにしていきたい」とはどういうことか。

 私は高木守道監督(当時)が叩かれているのが見てられなかった。高木叩きを止める道は二つ。高木の監督としての優秀さを証明するか、高木を愛されキャラとしてプロデュースするか。私は後者を選んだ。

 高木を愛されキャラにするには、不特定多数の人間に高木のキャラを提案し、受け入れさせる必要がある。当時のなんJはにぃにスレ、キュラキュラスレなどのマジキチ系SSネタスレが氾濫していた。私はその流れに乗り、高木が主人公のSSネタスレを考案した。後のジョイナスである。ジョイナスレを普及させ、ジョイナスレにおけるキャラ付けされた高木のイメージを不特定多数に植え付ける作戦を立てた。

 映画『時計仕掛けのオレンジ』の主人公アレックス*1。彼は作中で「ベートーヴェンの第九を聴いたら吐き気を催す」という暗示をかけられる。こんな風にジョイナスレを通じて「高木守道を見たら"おちんぽ"が頭に浮かぶ」という暗示を不特定多数にかけられないかという発想が根底にあった。(つづく)