グラスリップにおけるエッシャー「昼と夜」の意味

はじめに

当記事は2014年に放映されたアニメ「グラスリップ」の解説記事だ。本作品にはトリックアートの巨匠マウリッツ・エッシャーの「昼と夜」が登場する。この「昼と夜」が本作で意味するものを解説することが当記事の目的だ。

つまりエッシャーの「昼と夜」を解説する記事ではない。「グラスリップ」に興味がない方は遠慮なくブラウザバックをしてもらっても構わない。「昼と夜」をモチーフにしたアニメ作品があるということを心の片隅に覚えて頂ければ幸いだ。

「昼と夜」の啓示(2話「ベンチ」)

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マウリッツ・エッシャーの「昼と夜」は、作中に出てくる麒麟館の展示作品として登場する。麒麟館のモデルとなったみくに龍翔館では実際に数点のトリックアート*1が常設されている。これはみくに龍翔館のデザインがエッシャーの父ジョージ・アルノルド・エッセルによって手掛けられたことにあやかった町おこしの一環らしい。

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「昼と夜」は視点によって見えるものが変わるトリックアートだ。エッシャーは同作において2つの風景を描き出している。1つは昼の田園地帯を飛ぶ黒い鳥の群れ。もう1つは夜の田園地帯を飛ぶ白い鳥の群れだ。私たちは視点を切り替えることで、別の景色を「昼と夜」に見出すことができる。つまり「昼と夜」は視点によって見解が変化することを私たちに体験させる芸術作品なのだ。

「視点と見解の違い」はグラスリップの重要なテーマである。透子たちは同じ場所にいて、同じ物を見ているのに、彼らの見ている景色は異なっている。こうした状況のメタファーとして「昼と夜」は示唆的に登場する。

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作中での初出は2話「ベンチ」。駆が幻覚の正体を説明する直前のシーンで「昼と夜」は映し出される。駆は幻覚(幻聴)を「未来のかけら」と呼び、透子も自分は未来を見ていると信じ込むが、この見解は後に間違いだということが判明する。

作中では明示されないが、「未来のかけら」の正体はおそらくキャラクターたち*2の深層心理の投影と考えられる*3。未来と錯誤してしまうような形で描かれたので混乱した視聴者も多かっただろう。

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透子は駆とキスをする幻影を見る。「キスをしたい」という願望に気付かないままキスをすれば、幻影は「未来」となる。

「昼と夜」の登場は、「未来のかけら」に関する透子と私たちへの啓示と考えられるだろう。「未来が見える」というのはあくまで彼の視点からの見解にすぎないということを、それとなく仄めかしていたのだ。

「昼と夜」の啓示(7話「自転車」)

「昼と夜」は7話で再登場し、「未来のかけら」と共に示唆的な役割を果たす。

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7話では透子の視点から見た「昼と夜」が映し出される。彼女の瞳は白い鳥の群れを捉えているが、その後に視点を切り替える様子はない。

そして駆と落ち合った透子はベランダで燕の巣を見る。透子は駆に指摘されるまで巣の存在に気付かなかった。ここでも2人の視点の違いが浮き彫りとなる。

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そして透子は駆が高いところから落ちていく「未来のかけら」を見る。透子はストレートに「駆が転落する未来」と解釈するが、駆は疑問を覚える。この時、背景には「昼と夜」が映し出されている。

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7話のラストでは、「お似合いのカップルね」という幻聴とともに黒い鳥の群れの幻影が表れる。「お似合いのカップルね」はやなぎの妬み*4と解釈できるだろう。思いがけない光景に、透子はショックを受けて座り込む。

一連のエピソード群をざっくりとまとめると「白い鳥の群れしか見えていなかった透子が、黒い鳥の群れに直面する」と書き表せる。ちょうど「昼と夜」を鑑賞するように視点が切り替わり、今までに見えなかった光景が透子に現前する模様が7話では描かれているのだ。

最後に

当記事は1度2015年に書いたものだが、読み返していて内容に不満足だったので今さらではあるが書き直した。「視点と見解の違い」はグラスリップの重要なテーマの1つで、掘り下げていくとキリがない。説明しすぎないようにできるだけ簡素に書いたつもりだ。

ところで本作品「グラスリップ」の世間的な評価は散々である。何気なく視聴したらつまらないアニメだということは私も否定できない。しかしながら、視点を変えて視ることで違った光景が──エッシャーのトリックアートがそうであるように──目の前に浮かび上がるアニメであり、その度に私は新鮮な感動を覚える。騙されたと思ってもう一度見てほしい。騙すつもりはないが、文句を聞き入れるつもりも更々ない。

↑過去に書いた記事のまとめ。興味があったら読んでほしいものだ。

*1:三国町で開催された「みくにトリックアートコンペ」の優秀作品

*2:透子と駆を含む

*3:詳細は「分かりやすいグラスリップ(後編)」

*4:透子に見せないように努めて振舞ってきた