ジョイナス最後の戦い

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[ジョイナス(Chimpo_Joinus)が選ぶアニメ・オールタイムベスト10]3位:ゆゆ式

3:ゆゆ式(2013)

ゆゆ式と暴力と時間

唐突ではあるが、「ゆゆ式」の原作における暴力的な描写のあるコマの数をカウントし、各巻ごとにまとめてみた。一応それぞれのシチュエーションも簡潔に書き示しておいた。暴力的描写の範囲だが、身体に危害を与えるような行為に加え、過度に威圧的な言動も含めてみた。*1

1巻:18回*2

    p12①「叩かせて」と迫ってくる野々原ゆずこを櫟井唯が制裁。(4月)

    p12② 「縛りたい」と迫ってくる日向縁とゆずこを唯が制裁。(4月)  

    p22 意味もなく嘘をつくゆずこを唯が制裁。(4月)

    p30 急に叫び出したゆずこを唯が制裁。(4月)

    p32 ゆずこが絡んでくる前に唯が「後の先」で制裁。(4月)

    p37 唯の脇腹を突く縁とゆずこ。唯はゆずこだけに制裁。(5月)

    p38 唯がゆずこを殴るが、ゆずこは変顔をしただけ。唯にしては理不尽。(5月)

    p48 いたずらをしてきた縁とゆずこに唯が制裁。(5月)

    p62 「お前らっ…一旦死ぬか落ち着くか選べっ!」(威圧的言動)(6月)

    p72 ゆずこが縁をプールに落とす。(7月)

    p80 唯を部屋から閉め出したゆずこに唯がヘッドロック(縁は制裁されない)。(8月)

    p81 ヘッドロックの後に追い打ちをかけるように殴打。(8月)

    p84 唯のベッドに上がってきた縁とゆずこを唯が殴打。(8月)

    p98 教室に戻ろうとしない縁とゆずこを唯が制裁。(10月)  

2巻:15回*3

    p9-p10 ゆずこが破魔矢で唯を刺す。唯も報復。この2頁だけで5コマも暴力描写アリ。(1月)

    p18 唯がハサミで威嚇。(1月)

    p35 唐突に「おっぱい」と言いだすゆずこにチョップ。この1頁だけで2コマも暴力描写がある。(4月)

    p37 唯の腹を突くゆずこを「すごい体重ののったパンチ」で制裁する唯(ただし当たらない)。(4月)

    p38 唯がゆずこにゆずこ自身を殴らせる。(4月

    p46 縁とゆずこが唯へのセクハラ発言。しかし殴られたのは縁だけという珍しパターン。(5月)

    p74 ゆずこが唯の首をチョップ(制裁なし)。(8月)

    p90 松本頼子先生を困らせる縁とゆずこを唯が制裁。(10月)

    p114 松本先生に不適切な要求をするゆずこを唯が制裁。(12月)

    p116 松本先生を困らせるゆずこを唯が制裁。(12月)

3巻:15回*4

    p11-p12 縁の自発的な唯への暴力。ゆずこも縁に便乗。唯は目突きで制裁(未遂)。(1月)

    p20 この頁だけで2回もゆずこが唯の頭をチョップ。唯からの報復あり。(2月)

    p29 テンションがおかしくなった唯が急に縁とゆずこの背中を押す。(3月)

—————————————3巻43p以降から二年生編—————————————

    p51-p52 「私ちょっと強くなってる感じした!」という縁にゆずこと唯がチョップ。縁は反応できず。(5月)

    p56 揶揄う長谷川ふみに岡野佳が報復。(5月)

    p65 松本先生を困惑させるゆずこを唯が制裁。(6月)

    p76 急に背中を押してきたゆずこを唯が制裁。(7月)

    p85 「ちょっと殴っていいよ?」というゆずこを唯が肩パン。(10月)

4巻:7回*5

    p9 「何か叩きたい気分」と言い出すゆずこに縁が頭を差し出す(1月) 

    p10 頭を下げた縁を再びゆずこが叩く(1月)

    p86 唐突に佳の脇腹をゆずこが掴む。佳と唯から制裁。(10月)

    p87 佳を威嚇するゆずこを唯が制裁。(10月)

5巻:2回*6

    p47 適当なことを言うゆずこを唯が制裁(2回)。(6月)

    p61 調子に乗ったゆずこを唯が威圧。(8月)

6巻:2回*7

    p36 シモネタを言おうとしたゆずこを唯が制裁。痛がるゆずこに心の中では「ごめん」という唯。(6月)

    p61 相川千穂にいたずらをするゆずことふみを唯と佳が制裁。(9月)

7巻:3回*8

    p11 くすぐってくるゆずこに唯が制裁。(4月)

    p47 「服を脱いで」と迫ってくるゆずこを唯が制裁。(8月)

    p82 千穂に鬱陶しい絡みをするゆずこを唯が制裁。(12月)

8巻:0回
9巻:2回*9

    p34 「唯ちゃんの吸盤みして」というゆずこに唯が制裁。(10月)

    p63 唐突にふみが佳の脇腹を突く。(1月)

10巻:1回*10

    p57 縁が唯の背中をめりこむほど突く(制裁なし)(3月)

失われた暴力を求めて

ゆゆ式」の原作は1年生編は合計32話、そして2年生編は10巻*11までに計104話*12が掲載されている。

上のまとめを見て察しの良い方は気付いたかもしれない。巻を追うごとに暴力描写の回数が減ってきているのだ。3巻までは1巻あたり15回以上はあった暴力描写が、4巻以降は急減している。8巻にいたっては0である。

数えてみたところ10巻までの暴力描写は65回。そのうち41回はゆずこたちが1年生のときのもので、残り24回は2年生以降の描写だ。たった32話しかない1年生編で41回もの暴力描写があった一方で、100話以上ある2年生編では24回しか暴力的描写がない。2年生編になって暴力描写は明らかに減ってきているといえるだろう。

また、全65回の暴力的描写のうち56回が、「ゆずこが誰かを困らせ、唯が制裁する」といったパターンに該当している。残りの10回は「縁が唯を叩く」「佳がふみを叩く」といったイレギュラーケースだ(上では太字で表記してみた)。10回のイレギュラーケースのうちの4回は1年生編におけるもので、後の6回は2年生編のものになる。4/41(1年生編)に対して6/24(2年生編)だから、2年生以降の暴力的描写にはイレギュラーなパターンが増えてきてるといえる。これは言い換えると、「唯がゆずこを暴行する」という描写が割合的に減ってきていることを意味する。

唯がゆずこを暴行する描写は2パターンに分けられる。1つはゆずこが唯を困らせる場合。そしてもう1つはゆずこが唯以外のキャラクターを困らせる場合(上では赤字で表記)。後者のパターンは1年生編では計3回、2年生編では計5回増えている。1年生編の唯のゆずこに対する制裁回数は27回で、2年生編では15回。3/27(1年編)に対しする5/14(2年編)だから、2年生編の方が後者のパターン比率が増えている。

ゆゆ式」から暴力的描写が減っている。とりわけ唯がゆずこを暴行する描写が少なくなり、「ゆずこに困らされた唯が反撃する」というケースよりも「ゆずこが他人に迷惑をかけたときに制裁する」というケースが増えた。これはどういうことだろう?

あの時唯は若かった

確実にいえることは、櫟井唯が以前ほど粗暴ではなくなったということだ。暴力を振るう頻度が少なくなったことからもそういえるし、自分ではなく他人に迷惑をかけるゆずこを殴ることの方が多くなったことからもいえるだろう。

また暴力の質にも変化がある。1年生の頃の唯が振るう暴力には、柔術の「指取り」や*13、「すごい体重のったパンチ」*14、目突き*15といった危険なものが少なくなかった。一方2年生編の唯は暴力を振るうにしろ、せいぜいグーやパーで殴る程度でしかない。幾分ソフトになったといえるだろう。

一体唯はどうしてしまったのだろう。物語上の契機といえるのがアニメ7話で描かれた一幕。時系列上でいうところの1年生編の1月に、寝言で唯に謝るゆずこを見て、唯が自分の怒りっぽさを反省する場面だ*16。その翌月以降、すなわち1年生編の2月以降から唯が暴力描写は減り出している。グーやパーで殴るより激しい暴力描写もそれ以来ない。「今年はあんまり怒んない様に気をつけて見るか…」と言いながら「無理だな」と撤回した唯だったが、実はちゃんと反省を生かしているといえる。「ゆゆ式」におけるターニングポイントといっても過言ではないだろう。

野々原さんは困らせたい

相川千穂はゆずこたちを見て「困らせたり 困らされたりって なんかいいよね」*17と言う。「困らせたり 困らされたり」の構図の中でお互いを承認しあう、というのがゆずこたち3人の関係である。困らせることも、困らされることを受け入れることも、好意の裏返しとして彼女たちのコミュニケーションは成り立っている。

初期の「ゆゆ式」ではこうした「困らせたり 困らされたり」の過程で暴力が用いられていた。暴力のほとんどが困らされた唯によるものだ。2番目に多いのがゆずこによる誰かを困らせる暴力だ。

ゆずこも唯ほどではないが暴力を振るう。中には「破魔矢で刺す」*18、「首をチョップ」*19といった過激な暴力も見受けられる。しかし危険な描写は1年生編でしか描かれず、2年生編では暴力の内容もソフトになってきていた。ゆずこの暴力描写自体も2年生編以降は減ってきている。暴力性が緩和されているのは唯だけではなかったのだ。

1巻の冒頭でゆずこは「唯ちゃん来たらどんな反応してやろうかなー まず大爆笑して一発どつかれてー…」と、唯が殴ってくることを想定している*20。逆をいえば、初期の彼女は唯が殴ってくるような「困らせ」をあえて行っているといえる。ところが唯は以前ほど暴力を振るわなくなった。これは唯が自分の怒りっぽさを反省しただけでなく、ゆずこの方も考えを改めていることの現れといえるだろう。少なくとも2年生編の彼女は友人を破魔矢で刺すような少女ではない。

考えてみれば「困らせたり 困らされたり」の関係に暴力は必須ではない。必須ではないどころか、暴力は彼女たちの蜜月な関係を壊すきっかけになりかねない。時間の経過にともなう暴力の減少は、一見ゆるゆるとした空気の中で唯とゆずこが互いに成熟したことの証なのだろう。

バイオレンスさを緩和した2人の関係は、即席コント的な色合いを強めていく。ゆずこがボケ倒すのは相変わらずなのだが、唯の方ではツッコミがウケなかったことを気にしたり*21、ツッコミを何パターンも考える*22といった、ゆずこたちに対するツッコミに真剣になっている姿が描かれるようになった。「困ったり 困らせたり」の関係は、ボケとツッコミを通じてお互いを楽しませ合う方向へと深化していくのである。

春への足踏み

「困らせたり 困らされたり」の関係は危険と隣り合わせだ。人間の器の広さは無限大ではない。迷惑をかけられれば鬱陶しく思うのが自然だ。暴力を振るわれたのならなおさら厳しい。ゆずこたちのやりとりは摩耗テストのようなもので、加減を間違えれば彼女たちの関係はたちまち壊れてしまうだろう。彼女たちの好意は示されると同時に試されていたといえる。

ゆゆ式」は決してギスギスとした作品ではない。ただ、どことなく不穏な感覚を覚える。それは「困ったり 困らせたり」の関係が潜在的に危ういものだからだろう。自分だけが幼馴染ではないことへのコンプレックスを時折覗かせながら「困らせ」を続ける野々原ゆずこに狂気や哀しみを感じた人も少なくないと思う。しかしこの作品は不穏感を裏切るように幸福な日常を提示し続ける。今にして思えば、私がこの作品にのめり込んだのは、危うさと尊さが織りなす緊張と緩和にガッシリと心を掴まれたからなのだろう。

だから以前より大人になってしまった唯とゆずこの関係を温く感じてしまう私がいる。彼女たちのやりとりは相変わらず微笑ましいし、大人になった彼女たちの関係も尊いとは思うが、彼女たちの振る舞いに心をヒリつかせられながらも、愛らしい関係性に安心感を覚えさせるといった読後感はほとんどなくなってしまった。

とはいえ「ゆゆ式」という作品への関心を失ったというわけではない。原作者の三上小又は2019年1月のインタビューで今後の展望についてこう語っている。

3年生に進級するのかどうか、という話ですよね。ゆずこたちはみんな頭もいいし、家庭もしっかりしているので、大学には絶対に行くと思います。でも、受験勉強ってやっぱり大変じゃないですか。かといって受験の話を避けるのも不自然だし、そういう状態で描いていて、「気持ちいい」と感じられるのかなと。(「実在感」×「ほどよいエロさ」=『ゆゆ式』? 作者・三上小又に聞く、連載10周年のこれまでとこれから)

三上小又は3年生編への移行に乗り気ではない。3年になる以上、受験を描くことは避けられない。ゆるふわで多幸感のある作風と受験・卒業というテーマの折り合いをどうつけるか、という問題を前に「ゆゆ式」は長く足踏みを続けている。

しかしである。時間の経過とともに暴力描写が減っていることから分かるように、「ゆゆ式」という作品は変化を強く意識している作品だ。「サザエさん時空」を放棄し、ふわふわとした空気の中でそれとなく———それでいて確かに時間や人間の変化を捉えている。永遠のような幸福を描きながらも、季節が流れ、関係性が変わっていくことを無視できない。そんなジレンマが今の「ゆゆ式」を覆っている。

いつまで疑似的な永遠に「ゆゆ式」は留まるのだろうか。もし次の一歩を踏み出すなら、ゆずこたちはどういう道を進むのだろうか。私の興味は尽きない。だから私も、今は長い足踏みに付き合いたい。

イチオシの回:「楽しいから」(10話)

アニメ「ゆゆ式」は原作を忠実に再現したアニメではない。たとえば原作では1年生時のエピソードがアニメでは2年生になってから描かれるように、アニメ版では原作の時系列が解体されている。アニオリを交えつつ、解体された数々のエピソードを選び、並び直したのがアニメ版「ゆゆ式」だ。

原作を読んだうえでアニメを見返して見ると、アニメ版の各話ごとのエピソード選出と配置の絶妙さに感心してしまう。その中でも個人的に一番好きなのが10話「楽しいから」だ。

この回はアバンタイトルの「んぱんぱ」*23、「メチャメチャ陣形」*24、「グルグル陣形」*25、「ふくの神」*26と、ナンセンスでアヴァンギャルドな小エピソードが羅列されている。カオス回を思わせるラインナップの中盤に、ゆずこが美術部から借りたデッサン人形を壊してしまうエピソード*27が挟み込まれる。

デッサン人形のエピソードは、けいおん部からギターを借りる導入だけ見ればゆずこがナンセンスで強引なネタフリで唯を困惑させるだけの回に思えるだろう。カオス回の流れを期待した視聴者は、意味不明なゆずこの言動を唯がツッコんで終わることを想定するだろう。しかしこのエピソードは穏当に進まない。アクシデントによってゆずこの「お調子者」としてのペルソナが崩れ、彼女は盛大に空回りしてしまう。カオス回の流れで油断していた視聴者は落とし穴にはまり、野々原ゆずこの孕む危うさに直面させられるのである。

こうしたアニメスタッフの意地の悪い企ては、縁の「愛してるよ」という言葉に帰結する。不安を感じたゆずこと視聴者はこの一言に救われる。さらにこの回は縁が「愛してるよ」と言う別のエピソード*28を最後に念を押すように盛り込んでくる。不意打ちで視聴者を不安にさせて日向縁の「愛してるよ」が絶妙に効くシチュエーションを創り出し、さらに「愛してるよ」をリフレインして終わるという構成は悪魔的に巧みだ。唯風に言うなら「DVの人か」*29といったところだろうか。

*1:「お前らっ…一旦死ぬか落ち着くか選べっ!」という唯の言動(1巻p62, アニメ2話)、「ターン制」のエピソードで唯がハサミで威圧するくだり(2巻p18, アニメ5話)がその例だ。

*2:p12①, p12②, p22, p30, p32, p37①, p37②, p37③, p38, p48, p62, p72, p80, p81, p84, p98, p114, p116

*3:p9①, p9②, p10①, p10②, p10③, p18, p19, p35①, p35②, p37①, p37②, p38, p46, p74, p90

*4:p11, p12①, p12②, p20①, p20②, p20③, p20④, p29, p51, p52①, p52②, p56, p65, p76, p85

*5:p9, p10①, p10②, p86①, p86②, p86③, p87

*6:p47①, p47②

*7:p36, p61

*8:p11, p47, p82

*9:p34, p63

*10:p57

*11:現行(2019年末)の最新刊

*12:ゆゆ式」は4月からの12か月を繰り返し描いている。いわゆるタイムリープではなく、2巡目以降は前の巡に描かれなかった各月のエピソードを抽出している。2年生編は現在(2019年末)は9巡目。

*13:1巻p37, アニメ1話

*14:2巻p37, アニメ2話

*15:3巻p12, アニメ7話

*16:2巻p12, アニメ7話

*17:8巻p63, OVA「困らせたり 困らされたり」

*18:2巻 p9-p10, アニメ7話

*19:2巻p74, アニメ3話

*20:1巻p5, アニメ1話

*21:4巻p49, アニメ11話

*22:5巻26p

*23:アニメオリジナル

*24:2巻p93

*25:2巻p109

*26:3巻p103

*27:1巻p87-94

*28:4巻p89

*29:8巻p65, OVA「困らせたり 困らされたり」