5ページ*1にもわたる長セリフで百合界隈をざわつかせた「安達としまむら」原作5巻のエピソード「しまむらの刃」。最近コミカライズ版で同エピソードが掲載され、再び話題となっている。
もっとも安達の長セリフでなく、「めんどくさいなぁ…」*2の一言で一刀両断するしまむらの姿も本エピソードの見所である。それゆえ「しまむらの刃」というタイトルではあるが、しまむらからしてみれば、「安達の刃」だということも留意しなければならない。
そんな安達の長セリフの内容をまとめてみた。
【「安達の刃」まとめ】
質問(詰問)
・あの子(樽見)は誰?
・なぜ他の子と一緒に祭りに行ったの?
・他の子と一緒に祭りに行くことをなぜ教えてくれなかったの?
・今どこにいるの?
・しまむらって誰が好き?
・しまむらのこと沢山考えているけど、足りない?何をすればいい?
・(お母さんに好かれるには)どうすればよかったの?
・なんで連絡してくれなかったの?
確認
・私のこと気にならないの?
・私は普通の友達なの?
・私の話を聞いてる?
・私おかしい?
・私よりあの子(樽見)の方がいいの?
・私だめ?
・しまむらは人を好きになれる?好きって何か分かる?
・しまむらと私ってそもそも友達だよね?
・しまむらは私のことを考えたことがある?
・電話繋がってる?
・あの子(樽見)は誰か答えられないような相手なの?
・私のこと嫌い?
・お母さんみたいに私を嫌うの?
要望
・しまむらから私に話しかけてほしい。
・私の声を聞いて何かを思ってほしい(「安心する」など)。
・直すので私のどこがダメか言ってほしい。
・大事にしてほしい。
・しまむらにも私のことを考えてほしい。
・直接会って笑ってほしい。
・頭を撫でて、大丈夫と言ってほしい。
・しまむらの話をして。
・こっちに来て。
・嫌いにならないで。
・だれか、好きになって(すぐに「違うしまむらが好きに……」と訂正)
・声が聞きたい。
・安心させてほしい。
・私を見て。
・自分と一緒に行った場所に他の子と行って上書きしないでほしい。
・しまむらと一緒に、いっしょのものを分け合って、分かり合いたい。
その他意思表示
・しまむらのことが知りたい。
・しまむらの側にいたい。
・しまむらが自分の知らないところで笑っているのも嫌だ。
・他の子が手をつなぐのも嫌。
・しまむらと祭りに行きたかった。
・普通の友達じゃ嫌。
・しまむら以外いらない。1個だけしか求めてないからわがままじゃない。
・知らないしまむらになるのは嫌だ。
・しまむらのことを全部知りたい。
・しまむらと遊びに行こうって言いたかった。
・しまむらに会いたい。
・しまむらがなんで隣にいてくれるか時々怖くなる。
・しまむらが自分を大事にしている感じがしないので、ちょっと嫌なことがあるとくじけそうになる。
・他の人といっしょにされるのは嫌だ。
・しまむらに期待をしちゃうから、こうして裏切られても電話しちゃうけど、どうすればいいか分からない。
・どういう私がいいか教えてくれたら、私がんばるよ。
・しまむらが大事で、大事にしたい。
事情・状況の説明
・しまむらのことばかり考えてどうかしそう。
・しまむらからの電話を待っている。
・しまむらじゃないとダメだ。
・(私からの)一方通行ばかりじゃおかしくなっちゃう。
・私はずっとしまむらのことを考えていた。
体調不良の訴え
・頭が痛い、苦しい。
・お腹も痛い。
開き直り
・さっきから同じこと言ってるけど、仕方ないじゃん。しまむらのことばかり考えているんだから。
※5ページの間に「一緒にいたい」、「側にいてほしい」、「しまむらのことを知りたい」、「あの子(樽見)は誰?」等の発言を複数回繰り返している。
【雑感】
だれか、好きになって
安達がしまむらに感情をぶつける5ページの衝撃はあまりにも強烈だ。読者の安達に対する没入は切断され、俗な言い方だが、思わず"ドン引き"してしまう。その結果として、こうして話題になって半ば"ネタ"として消費されているわけだが、これを"お気持ち"として"ネタ"のように消費するだけに止めるのはもったいない。
嫉妬と独占欲と焦燥が渦巻く安達の独白だが、本人からしてみれば本当に切実なものである。とりわけ目を引くのは、不安と焦燥の渦の中で安達がこぼした「お母さんみたいに私のこと嫌いなの?」*3という発言。しまむらだけに執着し、その他一切はどうでもいいように見えて、母親に愛されなかったことに深く傷ついている安達桜の姿がそこにあり、とても居た堪れない。
そして、何より見過ごせないのが、その直前の「だれか、好きになって」*4という一言。「しまむら以外いらない」*5安達はすぐさま「違うしまむらが好きに……」と訂正するが、ここに私たちはもう1人の安達桜の姿を見ることができる。それはしまむらと出会う前の「過去」の安達、「だれか」に愛されたかった安達だ。
このままでいいと思っていた。
誰と出会っても、失敗しても、望みが遠く離れていっても。
それに追いすがることは何となく良くないことで、ただ目を伏せればいつかは痛みや後悔も薄れていつもの自分になれるとおもっていたし、実際、そういう風にやりすごせていた。
(6巻、p13)
しまむらと出会う前の安達は孤独を甘受していた。氷のような表情で、友達がいなくても「私は、それでいい。」*6と言い張り、「だれか」に歩み寄ろうとはしない。しかしながら、これら一切の事実は安達が「だれか」に愛されることを求めていたことを否定しない。「だれか」が「しまむら」に成り代わったのが現在の安達桜だ。
本作品において「過去」は1つのキーワードとなっている。それが顕著なのはしまむらの方で、とりわけ「昔の友達」である樽見とのぎこちない交流は、樽見との関係が"過ぎ去った"ものであることを否応なしに感じさせるものだ。その一方で、「過去の自分」を全て置き去りにしてきたようなしまむらの態度に読者は違和感を覚えるだろう。たとえばしまむらは「あの頃に燃え尽きたから、今のゆるふわがある」*7と、刺々しく、あらゆるものに抗っていた中学時代を述懐するが、娘を理解しようとしない安達母に噛みついた彼女は全くもって「ゆるふわ」ではない。「めんどくさいなぁ」と安達を突き放すしまむらも同様である。「お互いの傷を避けて、無理に触れ合わないように変な姿勢で風に吹かれて」*8という姿勢からは考えられない発言だ。その都度で、過去のしまむらが顔を覗かせているのだ。
「過去」とは"過ぎ去った"もののようでありながら、実際は現在と地続きの存在であり、残像のように安達としまむらの「現在」に投影される。この点においては、自己言及的なしまむらの方が分かりやすく、逆に安達からはなかなか伺えない。安達桜は「しまむら以外いらない」という点では呆れるくらい単純明快だが、それ以外の部分に関しては決してそうではない。そもそも、彼女は感情表現が下手すぎて母親と良好な関係を築けなかった女だ。
安達の5ページに渡る激情は、しまむらへの執着だけではなく、しまむらと出会う前の「過去」をも引きずり出した。逆をいえば、母親に愛されなかった苦しみも、「だれか、好きになって」という叫びも、ここまで感情的にならなければ表現できなかった。結果として、「めんどくさいなぁ……」と切り捨てられ、その内容のほとんどはしまむらに伝わらなかったわけだが、ただの失敗や苦い経験として片づけられないシーンである。
安達桜のここがかわいい!
私ね、ずっと考えてた。しまむらのことしか考えてなかったよ。全部しまむら。だから、しまむらも!私のこと、けっこう、考えて……しまむらと私は違うよ?違うよね、分かってる、でも!期待はするし、しちゃうし、こうしてうらぎ、られても……しまむらに電話したいって思うの。
(5巻、p121)
こう見えて安達は分別がある女の子だ。自分がしまむらにとって「特別」ではなかったことへの絶望し、ついつい感情を爆発させてしまったが、これが逆恨みであり、嫉妬であり、しまむらにぶつけること自体がお門違いであることを自覚している。
そのあたりが「うらぎ、られても」という表現によく表れてると思う。お門違いだと自覚しているから、「裏切り」だとは言いきれない。とはいえ、肥大した感情を自分ではどうすることもできない。感情のまま動いているようで、内心は葛藤し、せめぎ合う。安達桜のこういうところが本当にかわいいと思う。
もっとも安達の言動は言うまでもなくしまむらに対する束縛であり、その点については「かわいい」では済まされない。ただ、実際に交際相手を束縛する女性と比べれば安達は遥かに良心的だ。これはあくまでも自分の観測範囲における話だが、安達の当該の行為が100点とすれば、リアル束縛彼女は80点から150点までの範囲の束縛的言動を頻繁に繰り返す。挙句の果てに、私のような周囲の無害な人間に「〇〇をちゃんと監視して」等と注文を付け、言いつけを守ってちゃんと監視してたのに大学生の楽しい飲み会に現れてその場の空気を台無しにする。今思い出しても腹が立つ。クソアマが。
原作5巻以降の安達の主な厄介行動といえば、修学旅行の直前に「2人きりで旅行に行きたい」と言い出し、断られて拗ねる*9というもの。しかもその動機が、「しまむらと初めて旅行に行くなら修学旅行ではなく2人きりがいい」という独占欲が過ぎるもので唖然とするが、比較的早めに機嫌を直してくれたので甘く見積もっても80点くらいだろう。要は束縛系彼女としてのランクは低いので、安達桜は「かわいい」で済ましても何ら問題がない。